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日本僑報電子週刊 第933号 2010年9月8日(水)発行
http://duan.jp 編集発行:段躍中(duan@duan.jp)
日本僑報社新聞中心供稿http://duan.jp/news/
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●篠原令著書『新編・中国を知るために』刊行特集●
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読者の皆様
今回のメールマガジンは、篠原令著書『新編・中国を知るために』刊行特
集をお送り致します。
【内容紹介】書店の中国コーナーへ行くと「中国脅威論」「中国崩壊論」
「中国ならずもの論」など、反中、嫌中、侮中一色であるが、いつから
このよううになってしまったのだろうか。日中国交回復前後は逆に日中
友好一色だった記憶があるが、当時は中国を訪れることは大変難しいこ
とだった。
現在、日本から中国を訪れる人は年間四百万人を超えている。中国から
の旅行者も年間百万人を超え、東京のデパートの上客は中国の裕福層で
ある。
長い歴史の中、お互いの「魂に触れる」努力はしてきただろうか?経済
的にも豊かになった今、本当の相互理解を深める絶好の機会である。
皆さん、ぜひ応援の程よろしくお願い申し上げます。
段躍中@2010.9.8午前6時48分
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目次
推薦の言葉/石川好先生
内容紹介
はじめに
目次
おわりに
書誌データ
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推薦の言葉/石川好先生
「中国読み」の「中国を知らず」に本書を推薦する。
石川好
作家
前新日中友好21世紀委員会
湖南大学客員教授
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【内容紹介】書店の中国コーナーへ行くと「中国脅威論」「中国崩壊論」
「中国ならずもの論」など、反中、嫌中、侮中一色であるが、いつから
このよううになってしまったのだろうか。日中国交回復前後は逆に日中
友好一色だった記憶があるが、当時は中国を訪れることは大変難しいこ
とだった。
現在、日本から中国を訪れる人は年間四百万人を超えている。中国から
の旅行者も年間百万人を超え、東京のデパートの上客は中国の裕福層で
ある。
長い歴史の中、お互いの「魂に触れる」努力はしてきただろうか?経済
的にも豊かになった今、本当の相互理解を深める絶好の機会である。
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はじめに
「中国を知るために」というのは中国文学者の竹内好さんが自ら主宰
していた「中国の会」という研究会の機関誌「中国」に竹内好さんが毎
月書いていたコラムの名称である。一九六三年2月から一九七二年12月
まで一百二回分あった。後に勁草書房から三分冊で刊行されている。
竹内好さんは日中国交正常化が実現した時点でひとまず筆を擱くことに
したのだが、それから三十数年、日本人の中国理解が深まったかという
と逆に誤解と偏見が蔓延しているのではないかと思われる。
書店の中国コーナーへ行くと「中国脅威論」「中国崩壊論」「中国な
らずもの論」など、反中、嫌中、侮中一色であるが、いつからこのよう
になってしまったのだろうか。日中国交回復前後は逆に日中友好一色だ
った記憶があるが、当時は中国を訪れることは大変難しいことだった。
中国から日本へ来る機会も、文化、芸術、スポーツの代表団などごく限
られたものしかなかった。現在、日本から中国を訪れる人は年間四百万
人を超えている。中国からの旅行者も年間百万人を超え、東京のデパー
トの上客は中国の富裕層である。
こちらが反中、嫌中、侮中を言えば、向こうも反日を声高く叫ぶ。
どちらがニワトリでどちらがタマゴなのか難しいところだ。私は初め
て中国を訪れてからかれこれ四十年になる。その間、シンガポール、
香港に留学し、中国人の家庭に下宿し、中国人と学生寮に暮らしたこ
ともある。中国に関心を持ち始めたのは一九六六年、文化大革命が始
まったときだからその頃から数えれば中国とのお付き合いはもう四十
年を超えている。
文化大革命が始まってまもなく、大宅考察組が十七日間にわたって
中国各地を訪れている。一行は大宅壮一、大森実、藤原弘達、三鬼陽
之助、梶山季之という錚々たるメンバーである。私の手元には「サン
デー毎日」の一九六六年10月20日付けの臨時増刊「大宅考察組の中共
報告」と「週刊朝日」の10月15日付けの緊急増刊「激動する中国」と
いう二冊の雑誌が残っている。武装した紅衛兵や民兵の写真がいくつ
も載っていて当時の熱気が伝わってくる。
当時はまだ文革が始まったばかりで、多くの指導者も健在であった
から、大宅考察組もその後の事態の変化を予測できずにいる。だが奪
権闘争が熾烈になった一九六七年2月には川端康成、三島由紀夫、石川
淳、安部公房の四人の文学者が文化大革命を非難する声明を新聞各紙
に発表している。一体中国はどうなっているのか、というのが多くの
人々の感じではなかったかと思う。
そのような時代に竹内好さんたちは日中国交正常化の必要性を訴え、
中国に取り組むための基本問題を根気強く提起していた。今思えば健
全なジャーナリズムが存在していた時代であった。安藤彦太郎、高橋
和巳、新島淳良といった人たちが文化大革命中の中国を訪れ「魂に触
れる革命」を事細かに報告していた。新聞各社の特派員は次々に逮捕
されたり国外追放される中にあって朝日新聞だけが文革を礼賛する報
道を続けていた。
そんな中で一九六七年10月、私は岩波映画の「夜明けの国」という
記録映画を観た。岩波映画取材班は一九六六年8月から翌年1月まで、
北京と東北各地で、始まったばかりの文化大革命を撮影していた。公
開されると同時に私も観たのだが、上映は当時の国際事情によって一
週間で打ち切りになったという。私は幸運にもその上映期間中に「夜
明けの国」を観て紅衛兵たちの姿に心を打たれ、中国と生涯かかわる
ことになってしまった。
最も心を打たれたのは紅旗を先頭に黄色い大地をどこまでも歩いて
いく紅衛兵たちの姿であった。取材班がハルピン郊外でジャムスから
来たという紅衛兵の一団にどこまで行くのか尋ねると「延安まで」と
答える。いつごろ延安に着くのかと尋ねると「ジャムスから延安まで
行って、それからまた歩いて北京まで行くのに一年二ヶ月」と答えて
いる。そのような集団が黄色い大地をいくつもいくつも地平線の彼方
に向かって行進して行った。
文化大革命中、私は何度か中国を訪れたことがあるが、その後、社
会に出てからはアメリカや東南アジアで十年以上仕事を経験し、再び
中国に戻ったのは六・四天安門事件の起こる半年ほど前であった。当
時、改革開放政策に転じたといっても、中国はまだほとんど旧態依然
としていた。本格的な経済発展を始めたのは一九九二年の鄧小平の南
巡講話の後で、その後の急速な経済発展の有様を私は中国の各地でつ
ぶさに見てきた。
人々の生活が日々豊かになっていく反面、不正や腐敗が蔓延し、貧
富の格差が拡がっていくのをこの目で見てきた。急激な改革開放政策
が様々な負の側面を産み出したのは事実だ。しかし同時に私は中国と
いうか、漢民族の底力のようなものをひしひしと感じていた。このエ
ネルギーを経済建設だけではなく、ある程度豊かになった時点で、文
化建設に振り向けたら、新しい文明の創造に振り向けたら素晴らしい
国になるのではないかと思うようになった。
日本もかれらと一緒になって人類に貢献すべきであると考えた私は、
まず日本人がなかなか理解しにくい中国人の発想法なり、中国社会の
特徴などについて自分なりに気が付いたことをまとめてみようと思っ
た。良い面も悪い面も含めて、日本人はもっと中国を知る必要がある
と考えたのである。竹内好さんたちの仕事を受け継ぎ、日中両国人民
の理解を深めてもらうために書名は「新編・中国を知るために」とした。
私の前著「友をえらばば中国人」(二〇〇二年・阿部出版)と併せて読
んでいただければ幸いである。
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新編・中国を知るために
目次
はじめに 9
中国理解のキーワード
「侠」について 14
「人治の国」ということ 18
中国の官と日本の官 22
宦官と外戚、太子党と共青団 26
中国人の女性観 30
ふたたび中国の「官」について 34
毒ギョーザ事件について、三たび中国の「官」について 38
北京オリンピックあれこれ 42
大屠殺 47
中国人の歴史観
王侯将相、寧ぞ種有らんや 52
歴史というもの 56
北京の街角から―歴史 60
上海の街角から―国際化 64
大連の街角から―郷愁 68
矛盾ということ 72
「野火」の登場 76
改革開放30年、今後の中国は? 80
世界金融危機と中国 84
はじまった中国社会の変化
清明節に見る市民の余裕 90
建国60周年 94
国際都市、文明の輝き 98
三民主義 102
赤壁の戦 106
最近のヒット映画から 110
国境ということ 114
国共合作 118
紅衛兵世代の黄昏 122
非戦の思想と中国人
日本海時代 128
鄭和の大航海と南洋華僑 132
舟山群島 136
貪官と清官 140
安徽省 144
淝水の戦い、民族融和の夢 148
避暑山荘、皇帝と人民 153
宰相と軍師 157
老百姓と互助精神 161
おわりに 166
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おわりに
中国の諺に「三十年河東、三十年河西」という言葉がある。黄河は歴
史上何度も洪水のため川筋を変えてきた。河の東に住んでいた人がある
とき気がついたら河の西に住んでいたというほどに世の中の変化は激し
い。また、三十年間は河の東岸が栄えると、次の三十年間は河の西岸が
栄えるというように、変化は繰り返し、栄枯盛衰は世の常であることに
用いられる。
建国六十年を経た今、中国の指導者たちはこの諺を思い出していると
いう。新中国建国後の初めの三十年は反右派闘争、大躍進、文化大革命
など極左路線の三十年間であった。そして次の三十年間は改革開放の三
十年で、中国は飛躍的な経済発展を成し遂げたのだが、これからの三十
年はいったいどのような世の中になるのか、どのように十三億の人民を
導いていったらいいのか、指導者たちは「後漢書」張楷伝の言葉を借り
れば「五里霧中」だという。
漢の武帝のような中興の祖は果たして現れるのか?唐の玄宗皇帝の開
元の治や清の乾隆帝時代のような黄金時代は来るのか?中国の王朝三百
年寿命説から見れば、辛亥革命からちょうど百年にあたるのが二〇一一
年、新中国の建国から数えてもすでに六十年が過ぎたので、そろそろ中
興の祖が現れてもおかしくない。ソビエト連邦は約七十年で崩壊し、日
本社会党はちょうど五十年で消えていった。政党というものは五十年を
過ぎるとだいたい寿命が来るものらしい。五十五年を過ぎた自民党もす
でに賞味期限が切れている。しかし中国という国は政党の寿命には左右
されない。三百年を単位とした王朝史観からみていく必要がある。
経済発展に伴う社会矛盾の噴出、貧富の格差の拡大、膨張する軍事費、
世界は中国の一挙手一投足に注目している。政治体制の改革、民主化の
必要性も国の内外から問われているが、私は漢民族が本領を発揮するの
はこれからだと見ている。清朝末期、列強によって半植民地化され、眠
れる獅子だといわれていた中国が目醒めて革命を成功させ、いままた経
済大国として発展を遂げた。ではこれからどこに向かうのか?軍事大国
になるのか、周辺国やアフリカを経済支配するのか、米国と共に世界を
二極支配していくのか。私は中国はそのような道を歩まないと思う。
中国では漢民族の同化力によってマルクス・レーニン主義的なものと
はかけ離れた、また弱肉強食の市場原理主義的な資本主義ともかけ離れ
た、本来の東洋人的なひとつの政治思想が生まれて中国を改革すると同
時に、東洋に新しい文化をもたらすと信じている。翻って日本の現状を
みてみると、戦後ずっとアメリカの物質文明に毒されてきただけではな
く、戦後六十五年たったいまでも国益だ、安全保障だときれい事を述べ
ながらやっていることはアメリカの走狗に他ならない。ベトナムで懲り
ずに、イラクだアフガニスタンだと、反テロ戦争を名目に他国を侵略し、
地球を破壊していく国の片棒を担ぐ必要がどこにあるのか。
日本には世界に誇ることのできる平和憲法があるのだから、改めて戦
争放棄、無防備を世界に宣言すればよい、日本は高度な精神生活をして
いくのだ、他とは絶対闘わない、人間同士で争わない、いがみあわない
国家を造るのだと世界に宣言すればよい。東京で起きたことは瞬く間に
全世界に拡がっていく時代に、無防備を宣言した国をチャンスだといっ
て攻めようとする国があるだろうか。オバマ大統領が言った「平和のた
めの戦争」などあり得ない。詭弁である。日本がまず率先して軍備なき
社会、話し合いによってすべてを解決していく社会への先鞭をつけては
どうか。
「氷川清話」によれば、勝海舟は日清戦争の直前、ただ一人この戦争
に反対している。アジア人同士が兄弟喧嘩をするべきではないと諭し、
この時、すでに将来の日清韓の三国合従を説いている。また戦後は朝鮮
の土地は寸尺も取るべきではなく、清国からは賠償金を取るべきではな
いと主張していた。不幸にも日本は朝鮮を併合し、清国からの巨額の賠
償金に有頂天になって日露戦争に突入、勝利はしたもののもはや軍部の
暴走をとめることはできず、敗戦ですべてを失った。
石橋湛山も第一次世界大戦の戦勝気分に浮かれる日本に対して、大正
十年、東洋経済新報の「一切を棄つるの覚悟」という社説の中ですべて
の植民地と特殊権益の放棄を主張し「大日本主義の幻想」という社説で
は日本が大日本主義を棄て、率先して植民地を解放し、世界の弱小国を
味方にしていくことが日本にとってははるかに大きな利益だと説いてい
る。だが勝海舟や石橋湛山のような大思想は日本には受けいられなかっ
た。偏狭な愛国心と大国主義によって日本は滅亡への道を走った。中国
にいま必要なのも勝海舟や石橋湛山のような人物ではないかと思う。軍
拡や大国主義にブレーキをかけ、国家百年の計を考えることのできる人
物である。
孫文の思想や毛沢東の哲学をみてみると、その思想の根底にあるのは
大同思想である。大同という言葉は「礼記」礼運篇にあり「大同の行は
れしや、天下を公となし……」と利己主義がなく、相互扶助の行きわた
った理想的な社会状態を述べている。国家も階級もなく、人々が平等で
自由な社会である。このような思想は東洋にしかない。「礼記」は儒教
の経典のひとつだが、東洋には老荘の思想や仏陀の智慧もある。二十一
世紀の私たちに課せられた使命はこれらの東洋の伝統思想の上に地球上
の全民族、全国家が納得できるような新たな社会思想、政治思想を構築
していくことではないか。
辛亥革命百周年を前に、中国ではすでに孫文に関する映画が作られて
いる。「十月囲城」といい、辛亥革命前、香港を訪れた孫文を清朝の刺
客が襲撃するのを香港市民たちが阻止するという一種の活劇だが、今年
から来年にかけて、孫文と辛亥革命に関する映画やフォーラムが続くと
思われる。孫文をめぐっては宮崎滔天、梅屋庄吉、秋山定輔ら民間人の
親身の協力もあった。日中友好の原点ともいうべきこの時代をもう一度
振り返り、アジア共同体を実のあるものにしていってはどうか。この本
がそうした問題を考えていく一助になれば幸いである。
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【著者紹介】篠原令、1950年生まれ。早稲田大学中国文学科卒業。シン
ガポール南洋大学、韓国ソウル大学留学。澁澤栄一翁の孫、澁澤正一氏
の秘書を経て米国の生命保険会社のアジア担当。その後、米国シリコン
バレーでハイテクベンチャー企業の設立に複数参加。八十年代末に拠点
を中国に移し、アスキー、セコムなどの中国進出を手がけ、大手企業の
中国進出のコンサルタントを続けて今日に至る。その間、中国緑化のた
めの100億円小渕基金の設立、日中緑化議員連盟の設立などにも関与。
著書に「妻をめとらば韓国人」(1999年、文藝春秋)、「友をえらばば中
国人」(2002年、阿部出版)などがある。
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書誌データ
書名 新編・中国を知るために
著者 篠原令
出版 日本僑報社
判型 四六判176頁並製
定価 1800円+税
発行日 2010年9月8日
ISBN9784861851032 C0036
注文先 http://duan.jp/item/103.html
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日中関係・華僑華人情報専門誌・毎週水曜日発行 編集発行:段躍中
1998年8月創刊・無断転載禁止。
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