5月7日、第9回中国人の日本語作文コンクール最優秀賞受賞者李敏さんから、下記の研修報告が送られました。大変感動しており、皆さんと共有したくなりました。本人の許可を得て、特別掲載いたします。
若者がこんなに頑張っていること、心から応援したくなります。皆さんもぜひ読んでみて下さい。
「小倉百人一首かるた」に学ぶ伝統文化普及の方向性
-中国唐詩三百首を例に-
国際関係学院 翻訳学修士課程
李敏
1. はじめに
5000年の歴史をもつ中国の「詩詞曲賦(ししきょくふ)」 は、中国伝統文化の出発点であり、伝統文学の集大成とされている。しかし、現代人にとって古典作品は遠い存在だと避けられる傾向が顕著である。あるアンケート調査では、「古くさい考え方よりは、もっと身近で現代的な物語が心に沁みる。読んでもなかなかわからない」と答える学生や、「そんな暇があれば、もっとリラックスできるものを読みたい」と答える社会人がほとんどだったそうだ。そして、古典に親しむ人は、大体「古典お宅」や「時代遅れ」のレッテルを貼られてしまうという状況である。
筆者は日本の「小倉百人一首かるた」という存在を知った時、かるたの日本社会における影響力に驚いた。なかなか人に親しみを感じさせにくいとされている古典文学で、百人一首はかるたという形になったことで、なぜこんなにも人気を集められるのだろうか。そこで、もし百人一首と同等ともいえる存在である中国の「唐詩三百首」 を百人一首と同じように、かるたという媒体を借りて普及するとすれば、どのような工夫が必要だろうかと考え始めたのである。
百人一首の先行研究を見てみると、文学の面からの研究が数多くなされている。また、歌かるたの視点からの研究も、吉海直人氏を中心に比較的多く行われている。かるたを競技として取り上げられたものは、武田他(2009)の脳の情報処理、都丸他(2013)の札の配置などについての研究がある。また、2011年のアニメ化によって漫画『ちはやふる』 の引き起こした競技かるたブームを契機に、競技にまつわる著作も続々と出版されているが、いずれも文学的解説への付け足し、または競技法を解説することに留まっている。かるたを普及の視点から取り上げたものは、百人一首が競技化されてから現在に至るまでの運営団体における普及過程に注目した谷口(2004)の研究もあるが非常に少ない。一方、古典文学として日本文学史のなかで重要な位置を占めている百人一首は、かるたという形を活かし、競技自体のほか、学校教育やビジネスなどの面でも活用されている。その浸透ぶりは他国の伝統文化の普及に大変参考になると思う。そのため、筆者は広い視野で普及現況のすべての面を研究する必要性を感じた。
以上のことから、本研究では、小倉百人一首かるたの普及現状について様々な面から調査し、さらに中国伝統文化普及の方向性を考える。そこで、筆者は、小倉百人一首かるたの普及過程を運営団体、学校教育、ビジネス、広報活動という四つの面から、資料の収集、専門家へのインタビュー調査、会社訪問などによる現地調査、かるた会での参与観察、関係者への聞き取り調査などのフィールドワークを行った。そして、先に述べた疑問をこのような研究方法で明らかにすることにより、中国の若者の古典離れを防ぐ工夫に新しい視点を加えることができると考える。それを踏まえて、中国伝統文化普及の方向性を提案したい。
2. 小倉百人一首かるた発展の流れ
小倉百人一首は、藤原定家(1162~1241)が息子為家の妻の父である宇都宮頼綱の求めにより、頼綱の別荘に貼る色紙に百首の歌を選んだことに始まるとされている。秀歌集である百人一首は日本人にとって最も身近で親しみやすい古典の一つと言える。また、「かるた」はポルトガル語から伝わってきた言葉で、日本語ではカードを意味する。
百人一首かるたの発展の流れは、以下のように考えられている。日本では昔、貴族の間に「貝覆」という遊びが存在した。蛤の殻の模様を見て、本来の一対を当てるという遊びである。後に、蛤が縁起物として嫁入り道具に使われるようになり、貝の内側に絵などが描かれた豪華な貝覆が作られた。やがて、一対の貝殻の両方に和歌の上の句と下の句がそれぞれ書かれた「歌貝」が誕生した。
江戸時代に入ると、百人一首は一般教養として庶民のなかで用いられてきた一方、紙の生産が豊富になったことから、かるたは、貝の代わりに厚紙を切って作るようになり、こうして、百人一首の歌かるたが作られた。現在市販されている百人一首かるたは、読み札と取り札の二種類に分かれている。絵が描かれているのが読み札で、上には歌人名と和歌が書かれている。そして、和歌の下の句、つまり後ろの部分だけが平仮名で書かれているのが取り札である。
百人一首かるた(以降、かるた)は、昔から日本のお正月に一家団欒で親しまれているほか、近代になると、一種の競技としても取り扱われている。競技かるたは畳の上の格闘技、そして究極の頭脳スポーツとも言われている。試合は100首の和歌をランダムに選んだ50首の札で行われる。読手は読み札を使い、和歌の上の句から読み始めるのだが、畳の上には下の句だけが書かれている取り札しか置いてないのである。そこで、かるたの選手は、上の句が読み始められると瞬時に取り札を取らなければならないので、長期記憶(和歌の記憶)、短期記憶(札の位置の記憶)、瞬発力、集中力、音への感受性などの能力が問われることになる。しかしながら、年齢、性別の区別なく、世代を超えて楽しむことができる競技でもある。
3. 百人一首競技かるたの普及現状
この部分では、小倉百人一首かるたの普及現状を、運営団体、学校教育、ビジネス、広報活動という四つの面についてまとめる。
3.1 運営団体 の面
運営団体の面では、「百人一首」を使って行われる「小倉百人一首競技かるた」の普及を行っている公式運営組織である全日本かるた協会とそこに所属するかるた会について述べたい。
平成26年(2014年)3月に一般社団法人へと移行した全日本かるた協会 は、小倉百人一首を使用したスポーツ「競技かるた」を扱う組織である。主な事業としては、小倉百人一首かるた大会及び小倉百人一首に関する講演会、講習会等の開催や調査研究等が上げられる。この組織は、以上に述べた事業を通じて、日本の古典文学である小倉百人一首の継承を図り、日本伝統文化の普及・振興及び発展に寄与することを目的としている。全日本かるた協会の公式データによると、現在の競技かるた人口は学校の部活や子供会活動も含めると、100万人を超えている。その中で、2014年度まで、正会員つまり有段者は約2900人で、日本全国に分散している 。そのため、日本ではほぼ全ての地域に、かるた競技者が集結して作った「かるた会」と呼ばれる競技かるた同好会が存在している。現在、日本国内で全日本かるた協会に登録されている「かるた会」は140所余りで、これらの会は、協会の規定に従いながら、各自の状況に応じて活動している。筆者が調査したところ、各会が競技かるたを普及するために行っていることとしては、全日本かるた協会と共催する年一回の地方かるた大会の開催、競技人口維持や育成するための練習会(会により頻度は異なる)及びその延長線上にある子供会などの運営が挙げられる。
次に、全日本かるた協会に所属するかるた会の中から、東海支部に所属する愛知県かるた協会と近畿支部に所属する和歌山県かるた協会の二つについて述べたい。
愛知県かるた協会の場合は、現在ただかるたの練習だけをしている愛好会を脱しつつある。具体的には、平成16年(2004年) より、愛知県知立市文化協会主催の文学サークル「百葉会」における週一回のかるた講座を開催している。会長の伊藤孝男氏が講師を務め、参加者は年齢・性別不問で、かるたの基本知識を教えることで、競技人口の裾を広げるための地道な努力をしている。また、毎年12月の老人福祉施設でのかるた講習会の開催、愛知県にある現地文化財団の活動への参画などで、様々な形で、かるたの普及・発展に努めている。
和歌山かるた協会において、筆者は、子供会で毎週実施している子供に対するかるたの普及活動を観察した。子供会の場合は、平仮名だけで書かれているという百人一首の取り札かるたの特徴をもとに、字が読める幼稚園児に、競技の礼儀やルールなどを遊びながら指導している。仲間と楽しく遊べるという感覚から、かるたへの興味を持たせ、次第に競技の真剣さに導いていく。子供の時から競技かるたをすることで、精神統一、集中力、反射神経、記憶力等が養えると言われており、月500円という他の習い事に比べ決して高くない会費で参加することができる。指導法に注目すると、札を暗記させるために子供向けの方法が使用されている。一例を挙げると、百人一首のなかでは、「かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 世ぞふけにける」という一首がある。上の句は「かさ」、下の句は「しろ」から始まることから、「白い傘」という連想法で暗記させるのである。こうして、子供にとってわかりやすくて面白い方法を用いて幼い頃から古典に親しませれば、必ず今後に繋がっていくと思われる。
このように、百人一首競技かるた普及の運営団体としての全日本かるた協会と各かるた会は、様々な方法で、各年齢層にわたる普及に携わっている。
3.2 学校教育の面
この部分では、学校教育での百人一首の位置づけ及びかるたの利用現状について述べたい。現在、日本の教育現場で百人一首の効果が見直されており、子供の可能性を引き出すアイテムとして導入されつつある。具体例として、多くの小学校で採用されている光村教育図書 出版の国語教科書では、小学3年の国語教科書に百人一首が載っている。また2015年度の春から、小学4年の教科書でも、百人一首全首が掲載されることになるようである。
学校では、実際に如何に百人一首を取り上げられているか筆者が調査したところ、百人一首を親しむために、授業中に「かるた取り」が導入されている学校が多いようである。ただし、小学校の50分の授業時間では、百人一首全首を使うと、時間をカバーできないので、その時間に対応できるようなフレキシブルなやり方が求められる。そのため、取り札を少なくして一勝負にかかる時間を短くする試みが行われており、TOSS 「五色百人一首かるた」が、その試みの成功策の一例と言える。
「五色百人一首」とは、小倉百人一首をその難しさに応じて20枚ずつ5色に色分けして遊ぶものである。TOSS及び東京教育技術研究所 が、小・中学生を対象にして考案したもので、札の数が20枚と少ないため、短い時間で楽しむことが出来る。また裏には上の句が書いてあり、試合中にも見ることができるため、早く和歌を覚えることも期待できる。現在、「五色百人一首」は学習の一環として授業に取り入れる学校も多く、1999年に全国各都道府県の小学校の教師が、「地元で五色百人一首の大会を開こう」という目的で集まり、TOSS五色百人一首協会が結成された。当初、全国12箇所での開催だった大会が、2009年には日本の全都道府県で開催されることとなり、百人一首が小学生の間でより親しまれつつあることがうかがえる。
地方のかるた会なども学校での普及を積極的に支援している。学校での活動例としては、北海道全日本下の句歌留多協会は小学生にかるたの指導を行っているが、勝負事より仲間と協力し、ともにかるたを楽しむために団体戦主体の大会を実施している。また、兵庫県を拠点に活動している詩吟の会(吟道摂楠流)の小学校での詩吟の百人一首指導、日本伝統文化振興財団の百人一首朗読会の定期的な開催などのイベント が挙げられる。
また、小学校だけでなく、競技かるたで養われる「集中力」に注目する幼稚園もあることがわかった。東京・足立区にある東京いずみ幼稚園では、子供の潜在能力を引き出す教育に力を入れている。学校のホームページ の情報によると、幼い頃から漢字に親しむ教育を実施しているこの幼稚園は、「ゲーム性を持った歌留多を繰り返し行うことにより、美しい文章が自然と身に付きます。」と提唱している。また、ニュース の報道によると、この幼稚園では漢字学習の一環として、百人一首かるたが取り入れられている。授業では、歌の下の句を見て上の句を暗唱する練習があり、また一年間の授業の集大成として年長組で百人一首かるた大会も行われている。
以上のことから、古典文学である百人一首は、「かるた」という媒体を通じて、学校教育へ浸透しつつあると言える。
3.3 ビジネスの面
ビジネスの面においては、百人一首をテーマとした米菓子老舗「小倉山荘」本舗及び百人一首かるた製造販売専門店「大石天狗堂」について述べたい。
「小倉百人一首」という名称は、京都嵯峨野の麓に選者藤原定家の別荘、「小倉山荘」があったことから後世に名づけられたと言われている。また、小倉百人一首は、定家がかつての恩人である後鳥羽院 に密かに捧げた贈物であるという説がある。この「思いを届ける」という精神を理念として、「小倉山荘」が創業された。
小倉山荘で販売しているお菓子は、家族団欒や友人と語り合いの中で、「小倉百人一首」に触れ、日本の素晴らしい歴史と文化を身を持って感じてもらいたいという思いで製造されている。例えば、百人一首あられ十菓子撰「かるたあそび」 というお菓子がある。かるたを模した百種類の包装でお菓子を個装し、それぞれの正面には歌人像と百人一首の上の句、裏面には歌の下の句と歌番号、歌人名を読みやすい字体で記載している。他にも、「おぐら山春秋」や「恋しかるらむ」など、百人一首に因んだ名前がつけられていたり、お菓子の中に、百人一首のカードをプレゼントとして入れられたりする。店内では、百人一首が一首ずつ書かれている葉書(全首揃え)が販売され、商品を購入した人にはオリジナルの百人一首カレンダーや百人一首解釈の冊子(大人、子供向けの二種類)をプレゼントとして渡すなど、百人一首をいろんな形で宣伝している。また、2015年度で第6回目となる「ありがとう」をテーマとした母の日向けの百人一首大賞イベント も主催しており、お母さんへの想いをテーマに、百人一首と同じ形の「五・七・五・七・七」31文字で作られた和歌を募集している。「小倉山荘」は以上のような方法で、「かるた」という出発点から、百人一首のことをもっと多くの人に知ってもらおうと努力している。
1800年創業の「大石天狗堂」は、日本における手作りかるたの製造業3社 のなかで、最も歴史の古い店である。はっきりした証拠は残っていないが、ここでの百人一首かるたの販売は、江戸時代からだと推測されている。ここでは、「百人一首かるた」のほか、「いろはかるた」や「源氏かるた」など、さまざまなかるたを取り扱っている。そして、全日本かるた協会が公認している唯一の百人一首競技かるた製造店として、前に述べた「ちはやふる」による競技ブームの影響で、その名は現在多くの人に知られるようになっている。
「遊び」を通して、日本の伝統や社会知識を学ぶことができるのはかるたの特徴である。筆者が社長に行ったインタビューでの話によると、この会社では、現在遊ぶ機会が減ってきているこの伝統的なおもちゃの魅力をいろんな方法で普及している。二つの代表的な活動を紹介する。一つ目は、会社でかるた体験教室 を開催することである。ここでは百人一首歴史の紹介やかるた遊び、かるたの生産過程の見学などのプログラムが用意されている。小規模なイベントなので、無料で随時開催されている。二つ目は、お年寄り向けの講演会で、家族で一緒にかるたを遊んでもらえるようにアピールしているということである。かるたは複数人で遊ぶという特徴があるので、家庭で楽しむのに適している。子供と大人が祖父母とともに遊べるので、遊びの道具としてだけでなく、世代の間に会話する場を作り、コミュニケーションのツールにもなるからである。
このように大石天狗堂は、日本の伝統的なものづくりの現場から百人一首かるたの普及をしている。
以上のことから、ビジネスの面からも、百人一首の魅力を、「かるた」を通して人々に伝えていることがわかった。
3.4 広報活動の面
広報活動の面においては、「小倉百人一首の殿堂」と呼ばれている京都嵐山にある百人一首ミュージアム「時雨殿」及びコミック『ちはやふる』に関する広報活動について述べる。
まず、「時雨殿」について紹介したい。百人一首の選者である藤原定家が小倉山に営んだ山荘「時雨亭」の名に因んで命名された「時雨殿」は、京都にある小倉百人一首文化財団 が主な事業として運営する中核施設である。「時雨殿」館内は二階建てで、展示及びイベントの開催をしている。一階は、百人一首の世界を「見て」「感じて」「学ぶ」をテーマに、「時雨殿」オリジナルデザインで解説つきの「歌仙人形」コーナーや百首の歌をチタンパネルに刻んだ「百歌繚乱」コーナーなど、いくつかのコーナーに分けて常設展示を行い、百人一首の魅力を来館者に伝えている。二階では、平安時代装束体験やお香などを体験するコーナーが設けられ、来館者が百人一首の知識を獲得した後、実際な王朝文化も体験できる。さらに、二階の一番大きな特徴は、120畳の大広間があることである。筆者が担当スタッフに聞いたところ、この広間は普段、会議やワークショップ、セミナーなどの開催のためにレンタルで利用可能だそうである。筆者が行った当日には、全日本かるた協会主催の第46回全国競技かるた女流選手権大会が開催されていた。
時雨殿館長である吉海直人氏によると、時雨殿のコンセプトは、「京都の文化を、百人一首という作品を通して、日本全国及び世界に発信してゆく」である。そのために、現在時雨殿は、主に三つの面に力を入れている。一つ目は、社団法人全日本かるた協会と手を組み、ともに百人一首かるたの未来を模索することである。最も代表的なイベントは、女流選手権大会を開催することである。今年度第46回目となる女流選手権大会では、着物姿の女流選手たちが和歌の朗詠と同時にこの大舞台で活躍している様子を会場内に設けられた観覧席で見られるほか、ニコニコ動画で生放送されて以来、毎年高い視聴率を獲得している。小倉百人一首の誕生の地、京都嵐山時雨殿から女流選手権を通して、小倉百人一首の価値や魅力を日本全国、さらには海外へと発信することは意義があると思われる。二つ目は、京都にある学生かるた部を招致し、無料で二階大広間を貸すことである。その代わりに、練習者は来館者に競技かるたの魅力を紹介することが義務付けられる。こうして来館者に実際に競技かるたを体験してもらえるため、宣伝活動の一環として良い効果が期待されている。三つ目は、同じく京都にある源氏物語ミュージアムと連携してイベントを開催することである。ここには、『百人一首』と『源氏物語』両方に関係がある紫式部にまつわる展示の同時開催、かるた教室の実施及びかるた札の貸し出しなどが含まれる。
以上のように、「時雨殿」は、百人一首及びかるたの普及法をいろんな面で思索している。
次に、競技かるたブームの火付け役と評価されている人気コミック『ちはやふる』にまつわる宣伝活動を二つ紹介したい。
一つは、かるたの聖地滋賀県大津市のびわ湖大津観光協会の主導のもとで行われている、京阪電車による坂本駅から終点近江神宮前駅までの「ちはやふる」ラッピング電車の運行である。絵は、漫画の著者である末次由紀先生のオリジナルデザインで、電車の両面に、漫画のキャラクターと四季に合わせたものがある。また、車内では、百人一首からの17首の歌が書かれており、それは全部大津とゆかりのある歌である。歌の下には、大津にある歌の関連スポットの情報も詳しく書かれている。ラッピング電車の運行を始めた当初、スタンプラリー も開催された。平成24年7月24日に、電車運行の出発式が始発駅の「坂本」で行われ、当時の競技かるた名人・クイーン及びアニメの主役を担当した声優によるトークショーも開催した。京阪電気鉄道株式会社大津鉄道部によると、平成27年3月31日まで延長運行しているこの電車の運行時間の問い合わせが毎日あり、特に近江神宮で大会が行われる時には、乗りにくる乗車客が明らかに増えているという。
もう一つは、競技かるたの殿堂・近江神宮で行われている宣伝活動である。小倉百人一首巻頭歌を歌った天智天皇をまつる神宮であることから、近江神宮では、新年の恒例行事、競技かるたの日本一を競う「かるた名人位・クイーン位決定戦」を始め、競技かるたの大会が盛んに開催されている。ここでは、近江神宮限定「ちはやふる」おみくじが引けるほか、楼門両側の廻廊の百人一首と写真のパネル、神楽殿中庭の板かるた札を継続して展示している。境内の時計館のテレビスクリーンには、大津とゆかりのある百人一首で描かれた風景が映され、また売店では、百人一首の本、近江神宮オリジナル「ちはやふる」クリアファイル及び「ちはやふる」の絵馬、せんべい、ストラップなどのグッズが販売されている。また、競技かるたや「ちはやふる」に因んで、近江神宮衣裳部の企画として、和装の正装、着物・袴の体験レンタルも行っており、参拝者や観光客の間で大人気となっている。
以上のように、かるたを活かした宣伝活動では、漫画や観光などを通して、百人一首のことを多くの人に知ってもらうチャンスを作っている。
――続く――