「中国青年報『氷点』週刊特集」が二○○六年一月、当局により停刊処分を受けたことは、わが国でも多くのメディアが取り上げ追跡取材したので、ご承知のことと思う。
本書はその契機になった論文『近代化と中国の歴史教科書問題』の執筆者である袁偉時・中山大学教授の関連論文集である。収録された九編には、権力におもねることなく節操を堅持する学者の姿勢が貫かれており、読み進むうち、畏敬の念を覚えずにはいられない。
特に冒頭の「『氷点』事件の記録と反省」は、袁教授が本書のため書き下ろした労作であり、一読に値する。事件発生後、同僚と旧友たちだけでなく、未知の人々――多くは一介の市民――も含めた支援の輪の広がりが生き生きと描かれているし、かつての受難の時代をともに耐えてきた肉親の情愛は切々と胸を打つ。
他の論文で、義和団と文化大革命期の紅衛兵の愚行が通底しているとの喝破、日中両国でほぼ同時期に起きた明治維新と洋務運動が異なる結果を生んだ原因の解明、昨年の「反日デモ」で噴き出した偏狭なナショナリズムの危険性の指摘など、われわれにも関心の深い問題点を、歴史家の視点で縦横に論じていることも注目される。それはまた「文明史」という視点をわれわれに提供してくれてもいる。
『氷点』事件の経緯を読まれて、読者はどのような感想を抱かれただろうか。「中国はやはり自由も民主もない国だ」と言う方もおられるだろう。しかし、二十余年前までと比べるなら、袁教授も述べているように、中国の民主化と法治化は曲折をへながらも前進しており、かつての文化大革命期のような知識人迫害の時代は過ぎ去った、というのが訳者の率直な感想である。本書がこうして日本で刊行されること自体、その証左でもある。ともあれ、引き続き注目していきたい。
本書の論文のうち、五編は横堀幸絵さんの訳によるものであることを付記して、謝意に代える。
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