中国・浙江省の“老字号(老舗)”文化巡り(2)
―――紹興の「古越龍山」・銘酒の里を訪ねて―――
日本僑報社コラムニスト
小熊 旭
2007年9月初旬、まだなお残暑厳しき折、私たちを乗せたマイクロバスは、「そこ」に向かって、まっしぐらに猛スピードで走り続けていた。一刻でも早く「そこ」に辿り着きたいというのが私たちの本音だった。「そこ」とは、紹興市から約10km離れた東北部の郊外に位置する「古越龍山中央倉庫」(写真①)である。「古越龍山」とは、いわずと知れた中国の代表的な「黄酒」(もち米を原料とする醸造酒で、アルコール分15~20度)である紹興酒のブランド名である。
写真①
古来、中国では、酒は‘百薬の長’とされ、中でも黄酒は古いものほど陳酒として珍重されてきた。その薬効は‘和血養気’(『本草綱目』)とされ,庶民に親しまれてきた。このメーカーの紹興酒は1952年に北京で開催された「全国酒類品評会」において「八大名酒」の一つに選ばれた。また1988年には国家宴会専用酒となり、さらに1999年には黄酒業界で第一の中国銘酒ブランドに認定された。この「古越龍山」の商標の図柄は2400年ほど前の呉越春秋時代に越国の勾践が呉国を討つ時の城門と臥薪嘗胆の場所、すなわち龍山を背景に描かれている。さてこの中央倉庫には、写真②
の白壁塗りの風通しの良い平屋の倉庫が20ヘクタールの土地に180棟分がところ狭しと林立しているのである。ここには、20万トン分の「古越龍山」という名の「眠れる森の美酒」の数々が丁重に安置されている。最も長い眠りについている古酒は1928年製造のものだそうだ。私たちは、“50年以上陳年黄酒”と書かれた倉庫の扉の中に入れていただき、ついに念願の対面を果たした。紛れもなくそこには、昔ながらの製法に従って大切に育てられた、美酒たちが整然とひそやかに佇んでいたのである(写真③)。一つのかめの重さは、45キロだそうだ。伝統の技と匠の世界に足を踏み入れたこの体験には心が震えた。
写真③
“黄酒”は、日本では老酒または紹興酒(中国浙江省紹興市で作られる代表的な醸造酒である黄酒)として親しまれてきたが、残念ながら私はこれまで、せいぜい10年物しか味わったことがない。それでも、いったん10年物を味わってしまうと、それ以下の年数のものは、味が薄く感じられ、もはや物足りなく感じてしまう。国内では、最古で30年物が希少と言われているが、未だ口にしたことがない。ところがこの日、「古越龍山」ブランドの老舗の副社長の黄 志順さんに昼食をご馳走になることになった。私は、胸が高鳴った。 期待の高まる中で、果たして、出てきた。“20年物”である。「黄褐色」の馥郁たる香りと味である。10年物をさらに凝縮した素晴しい味わいにさすが本場!と感激した。
しかし、宴会の「ハイライト」は、ここで終わらなかった。続いて特別に「51年物」を賞味させてくれると言うではないか。「51年物」というと新中国成立の数年後の1956年にかめに封じたものである。半世紀の熟成を経た古酒とは、一体どんな味だろう。よほどまったりとしたコクのあるものか。木箱に納められた「51年物古越龍山」の登場だ(写真④
)。厳粛な気持ちになってきた。歴史の断片そのものに対面するような気持ちだ。ワイングラスに注がれた。「美しい!」。「黄褐色」ではなく、「金色」なのである。「味はどうか」。さらに驚いた。「さらりとしていて濃くないのだ。」私の予想をはるかに超えた。実に、まろやかで、かつ、舌の上をころころと転がるように軽やかに踊っている。まさに至福のひと時、最高である。
「成熟」とは、「余分なものをそぎ落として、軽やかに、純粋透明になっていくこと」かもしれない。「人」と「酒」の関係は、どこか「人の生き方」に通じるところがあり、これからも「酒」をわが人生のよき道連れとして、心身の熟成を深めてゆきたいものである。