
戦後最悪とまで言われる昨今の日中関係。人間の作った困難を人間の手で解決できないことはありません。しかし、両国に横たわる問題を一層複雑にして煽っているのはマスコミではないか。北京の第一線で活躍する新聞記者が、たまたま一時帰国中に耳にした、こんなマスコミ批判がこの本を緊急出版するきっかけになったといいます。
本書では中国で吹き荒れた反日デモのさなか、目の前で起こっている出来事をどう日本に伝えるかに苦悩するメディア記者の本音が綴られています。
ある記者は反日デモが一段落した頃に訪れた西安で、阿倍仲麻呂の記念碑の反日的な落書きを消している場面に出くわします。これを記事にすれば再び日本の「嫌中感情」を刺激することになりはしないか。一部の中国人の心無い所業が中国人全体のことのように受け止められるのは本意ではない。その記者は休暇中のことでもあり、見なかったことにしようという考えが一瞬頭をよぎったそうです。
ところが、西安ではその直前にも大規模な反日デモが起きており、世界に冠たる観光地でもあるので、何も知らずに訪れる日本人のことを考えて、逡巡の末に送稿したと言います。
中国全体が反日で染まっているわけではない。日本が好きな人も多くいる。バランスのとれた等身大の実像を伝えるために、時には危険と隣り合わせで、時には伝えない方がよいのではないかと悩みながら報道に携わっている人たちの肉声に、日々のニュースの舞台裏を垣間見る思いがしました。
日中関係の行方をハラハラしながら見守っている人のみならず、若い人、とりわけメディア研究やジャーナリズムに関心のある学生の皆さんに生きた教科書として読んでほしい一冊です。