日中翻訳学院「翻訳新人賞」受賞の川村明美さん体験談「知識の強固な土台築いて」
【日本僑報社発】中国の新経済圏構想を解説した『「一帯一路」詳説』(王義桅著)を翻訳し、このほど都内で開かれた日中翻訳学院の公開セミナーで第6回「翻訳新人賞」を受賞した川村明美さんは、同セミナーで貴重な翻訳体験談を披露した。
その中で、とくに書籍翻訳で重要な点について触れ「(長期作業になるため)気力を一定に保ち続ける」、また原文に忠実な説得力ある翻訳をするために「知識の強固な土台」を築く、という2点を自身の大きな「反省点」でもあるとして紹介した。
川村さんの翻訳体験談は、以下の通り。
――今回が私にとって初めての書籍翻訳だったのですが、完成した本を最初に手にしたときに感じたのは、実のところ嬉しさや達成感以上に恥ずかしさ、情けなさ、申し訳なさでした。8カ月近くに及ぶ翻訳作業を通じて、「翻訳はおそろしい。自分の語学力や知識から性格まですべてさらけ出してしまう」という武吉先生の言葉を身にしみて感じた次第です。
ということで、今日は数々の反省点の中でも特に強く感じたことを二つお話ししたいと思います。
まず一つ目が、長期の翻訳作業にあたっては、気力を一定に保ち続けることが大切だということです。約250ページ・18万字という量は私にとって未知のボリュームでした。普段の自分の作業スピードを踏まえて、ざっくりと下訳、推敲、チェック作業のスケジュールを立てたのですが、いざ始めてみると訳しても訳しても終わりが見えず、気が遠くなったのを覚えています。
特に、小学生の息子が夏休みの間は、作業が滞って気持ちが焦るばかりでした。実際、かなり朦朧としていたようで、納品してホッとしたのもつかの間、戻ってきた初校を見て冷汗が出ました。下訳のまま納品してしまったかと思うぐらい、支離滅裂な日本語だったからです。そのため、初校は訳し直しで真っ赤。さらに日本語で280ページあるため、読み返すだけで何日もかかり、二校、三校、四校と進んでも用語や表現が統一されていないところや誤字脱字が一向になくなりません。印刷する直前まで修正をお願いするという、最後までまさに綱渡りの状態でした。
8カ月の間、私の頭の中は寝ても覚めても「一帯一路」のことでいっぱいで、翻訳以外のことは何も手につかず、最後のゲラのチェックのころには気力も体力もすっかり尽きてしまっていました。今回のように翻訳量が多く、作業時間が長期にわたる場合、しっかりとスケジュール管理をし、オンとオフをきちんと切り替える、つまり適度に翻訳と距離をおいて気分転換しながら、最後までモチベーションを保って作業することが大切だと感じました。時間に追われて原文が十分に読み込めなかった上に、気持ちが前のめりになっていたために、自分の翻訳を冷静かつ客観的に見直すことができなかったように思います。
そして二つ目が、背景知識の重要性です。本書では中国国内のことだけでなく、世界の政治、経済、歴史、地理と広範囲に話が及び、リサーチには少々苦労しました。インターネットや関連書籍をあたることで、最低限、意味が通るように忠実に翻訳することはできたかなと思います。ただ、まさにここが「翻訳はおそろしい」ところで、あわててネットでかき集めた情報をつまみ食いした程度の薄っぺらな知識であることは、翻訳を読めばすぐにばれてしまうでしょう。例えば、中国とアメリカとの駆け引きであったり、南シナ海問題に対する各国のスタンスであったり、牽制し合うインドと中国の間の問題であったり、さらには個々の国が持つ長い歴史や文化であったり。そうした知識の強固な土台がなければ、血が通った、説得力のある、原文が持つ意味を余すことなく表現した翻訳はできないということを今回痛感しました。
時間的にも体力的にも精神的にも苦しい作業でしたが、より良い訳語や表現を探し、考え、生み出す喜びは皆さんよくご存知だと思います。翻訳の基準である「信、達、雅(忠実に、なめらかに、美しく)」の「雅」を目指して作業に取り組んできましたが、結果的には「達」の50%程度かなと思っています。今日いただく賞状は、自戒の意味を込めて部屋の目立つところに飾っておくつもりです。きっと目にするたび「今の自分はさらけ出しても恥ずかしくない人間か」と自問自答し、背筋が伸びることと思います――。 (段躍中撮影)