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中国の歴史教科書問題、袁偉時著――偏狭な歴史認識に警鐘を鳴らす(この一冊)2006/11/12, 日本経済新聞 朝刊, 23ページ, 有, 975文字
中国有力紙「中国青年報」の付属週刊誌「氷点週刊」が年初に「報道規律違反」で停刊処分を受けた事件は、共産党政権の言論弾圧強化の動きとして内外に波紋を広げた。本書はその契機となった袁偉時・中山大学教授の同誌掲載論文を中心とする関連文集である。
中国の歴史教科書が偏狭なナショナリズムを培養していることを実証的に論じて説得力に富む。筆致は歴史学者らしく冷静、客観的だが、内容は共産党政権の歴史認識や教育宣伝の誤りを鋭く指摘して目を見張らせる。
「皆さん、我々はオオカミの乳を飲んで育ったのです!」。一九七九年、党中央宣伝部長の〓力群は毛沢東を批判して処刑された女性の生涯を悼み、こう語った。文化大革命などでおびただしい犠牲者を出したことへの、党幹部としての痛切な自己批判だった。
著者はこの言葉をキーワードに中国の歴史教科書や、共産党政権の歴史認識を問い直す。「オオカミの乳」とは「十九世紀以降の極端な民族主義と階級闘争を絶対化した偏狭な思想」のことで、それは現在も歴史教科書を通じて脈々と生き続けているというのだ。
一例が義和団事件。中学校の歴史教科書はこれを「愛国の壮挙」と称賛する一方、「八カ国の連合軍は北京を占領し、放火、殺人などの悪事を尽くした」と断罪している。しかし義和団は「鉄道など西洋文化に関係するあらゆるものを破壊」し、外国人ばかりか中国人に対しても大量殺害や略奪を繰り返し、「北京での死者は十数万人に上った」。これだけの愚挙に教科書は一字も触れていない。
「反西洋を愛国」、「野蛮な犯罪を革命」と言いくるめる思想は、文革や昨年の反日暴動も継承している。著者は「法治と言論の自由を確立して民族文化の自己更新能力を高めないと、中国文化も博物館送りになってしまう」と警鐘を鳴らしているが、同感だ。
教科書が日本の対中侵略の罪ばかりを糾弾するのに対し、日本が孫文らを支援して中国の近代化に寄与した時期もあったことを指摘している。共産党は著者を「中国人民の反侵略闘争を否定した」と批判しているが、果たしてどちらが真の愛国主義だろうか。
(武吉次朗訳、日本僑報社・二、六〇〇円)
▼えん・いじ 32年、中国広東省生まれ。中山大学哲学学部教授。著書に『中国現代哲学史稿』『晩清大変局中的思潮与人物』『路標与霊魂的拷問』など。
《評》編集委員 山本 勲