騒動の中に思うこと
東京工業大学 劉岸偉
連日の聖火リレーのテレビ中継やチベット問題を巡る西側メディアの中国非難のパフォーマンスを目の当たりにして、さしあたって「愚劣」の二文字以外、思い浮かべる言葉はない。怒号、罵声、ヒステリックなリレー妨害の画面を見て、大陸、海外を問わずすべての心ある中国人は侮辱されている思いがつのり、強く憤りを覚えるのは当然です。私は義和団式のナショナリズムには反対だが、顔につばをかけられてふき取りもせずそれが乾くのを待つ人間がいるだろうか。不謹慎な喩えですが、今回の騒ぎは、華やかな結婚披露宴に飛び入りの客が汚物をまき散らすようなものです。新郎新婦を冒涜したのみでなく、親戚来賓一同、ひいては聖火リレーが行われる国の国民に対する侮辱でもあります。
北京オリンピックの開催は中国人の長年の念願であるとともに、改革開放以来三十年の成果と問題を点検し、これから責任ある大国として国際社会でそれにふさわしい役割をはたすきっかけでもあります。節度をもち責任を負う、開かれた十三億人の中国は、世界の平和と発展にプラスに働くに違いない。このような節目の年に、オリンピックという平和の祭典を人質にとる、今回の騒動は、それを引き起こした人々の動機はどうであれ、「不明、無智」というほかはない。むろんそれを策動した勢力の思惑はさまざまであり、溜飲が下がり、気が清々した連中もいるでしょうが、民族感情を傷つけ、族類間に憎しみの種をまくようなまねは、どんな結果を招くか、俑を作る者の予想をはるかに超えていると思う。ツケがいずれまわってくる。チベット暴動から始まる一連の出来事は、文革の洗礼を経験したわれわれの世代と違う、血の気の多い若者の成長にどんな影を落とすかが心配だ。事件の後遺症と悪影響は計り知れないものがある。彼らは今回の事件をきっかけにして民族のプライドを持ちながら、賢者の言に耳を傾け、理性のある、強みに恃んで弱者を踏みにじる大国と異なる大国の国民になってほしいと願うばかりです。
騒ぎには大義名分は付き物です。今回は「チベットの人権」です。中国はまだ発展途上の国で、さまざまな問題を抱えている。人権問題も含めて、環境破壊や汚職腐敗があるということを決して粉飾するつもりはない。しかし、地域の経済格差、貧富の差、民族間の葛藤などが複雑に絡み、しかも深い歴史的経緯があるチベット問題を「中国政府のチベット人弾圧」という作り上げた構図にすり替えてはいけないということを指摘したい。問題の一つ一つをしっかり調査し、対策を考え、チベットに暮らしている各民族の生活向上をはかることは中国政府の責務です。そして民族問題について、ダライラマとの接触を再開して、真摯に対話していただきたい。中国の人権問題改善、民主化、責任ある大国になって欲しいと本心に願っている海外の友人はもちろんいるが、しかし今回の喧噪の中には、「黄禍」を叫ぶドイツ皇帝ウィルヘルム二世の声が聞こえてくるような気がしてならない。大国には大国の論理がある。看板は常に入れ替わるが、看板はいくら魅力的であっても、その裏にはパワー・ポリティックスの発想が依然として作用していることは、識者の目には、火を観るより明らかではなかろうか。
開かれた国には、必ず言論の自由があると筆者は信ずる。この点に関しては、これからの中国はもっと情報を開示し、多元的価値観を育み、社会底層の民にも声をあげる場を与えるべきです。しかしながら、今回の騒ぎを透して言論の自由を享受している西側のメディアが如何なる体質をもっているかを存分に拝見しました。誤報、強弁、暴言、情報操作、倫理判断のダブルスタンダードなど、手の内のすべてを見せてくれました。社会正義も報道倫理も国籍をもっていることを思い知らされました。一度打ち壊したブランドは、なかなか元に戻せないものです。普通の民間企業なら廃業に追い込まれるところです。だが、西側のメディアはこれからも「大義名分」を振り回すでしょう。「大義名分」は事実を直視する必要もなければ、改善するための努力を積み重ねる必要もない。それはある種の道徳的優位という思いこみであり、有無を言わせぬ、原理主義的な高圧です。その理不尽さは日本人の皆様が一番よく知っているはずです。問題の性質こそちがうものの、ここ数年捕鯨問題をめぐるやりとりを思い起こせるがよい。
西洋文化は古代ギリシア時代以来、連綿とつらなる理性主義、人文主義伝統をもっており、人類社会の進歩に貢献してきました。よりよい人間社会を目指して、使命感と良識をもって報道の天職につとめている西側の知識人も大勢いると思う。いずれの日か、彼らは今回の愚挙に気づくであろうと信じております。一方、われわれ中国人にとっても教訓は大きい。北京オリンピックを成功させ、民主的、開かれた社会を根気よく築いていくことが大切です。自家のことをしっかりとやりとげ、他人に笑いぐさを与うることなかれ。